原民喜（はら たみき）の代表作と言えば、自身の被爆体験をもとに書かれた小説『夏の花』があります。原爆文学としてこの作品を読んだことがある方も多いのではないでしょうか。

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　広島に住み始めてから数年後、広島市街の本屋さんで『原民喜童話集』を見つけたことがきっかけで彼を知りました。この本は、民喜の童話作品7篇と全集未収録の詩篇1篇を収めた〈童話集〉、およびエッセイ集『毱』の2冊から成り、とても美しい装丁で思わず手に取りたくなります。童話には奇妙な軽やかさと澄んだ文体があり、読み終えるころにはすっかり魅了されていました。

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　収録されている童話は、「むかしは子どもだったおとなに向けて書かれているのかもしれないし、子どもだったころのその人に捧げられているのかもしれない」と竹原陽子さんが別冊のエッセイで評しているように、幼い頃に大切にしていた物や、ふとした時に想像していた世界を思い出して少し優しい気持ちになります。

　この本との出会いで原民喜に興味を持ち、次第に『夏の花』や彼の人生についても知ることになりました。彼の代表作や体験の重要性は理解しつつも、僕が惹かれたのは民喜が生来持っていた気質のようなものでした。

 

　民喜への関心が深まったころ、当時勤めていたギャラリーで原民喜の企画展を担当することになりました。彼の青年期の詩篇に触れてみると、童話にはない漠然とした不安感ややるせなさがありましたが、言葉使いには童話と共通する澄んだ響きを感じました。いくつかの詩を紹介すると、以下のようなものがあります。

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机
何もしない
日は過ぎてゐる
あの山は
いつも遠いい

 

川
愛でようとして
ためいきの交はる
ここの川辺は
茫としてゐる

 

雲
私の一つ身がいとしい
雲もいとしい
時は過ぎず
うつうつと空にある

 

　民喜の童話と詩は、単語ひとつひとつが輪郭を持ち、山や川、空や雲といったモチーフが際立って見えてきます。

　広島の中心部は山に囲まれており、多くの川が流れていることが特徴です。彼の文章を読むと、1世紀ほど前から変わらずに存在し続けているものに目を向けたくなります。

　それと同時に、いまはアスファルトや高いビルに隠れてしまったものたちに想像力を働かせたくなります。